先住猫(ノルウェージャン、4歳)は、気分によって食べムラがある小食タイプです。
我が家ではドライフードを2kgの袋で買い、自動給餌機につぎ足しながら与えています。小食の先住猫のペースだと、2kgを開封してから食べ切るまでにはそれなりの時間がかかります。
ある日ふと、「この間、袋の中のフードはどれだけ酸化しているのだろう」と気になりました。そして次に頭をよぎったのが、「保存料ゼロ・無添加のフードに替えたほうが安心なのでは?」という、よくある発想です。
私は大学で化学を専攻し、食品分析(ペットフードを含む)の実務に携わってきました。その視点から成分表示と向き合ったとき、「無添加=安全」という図式は、実はかなり危うい近道だと気づきます。結論から言えば、キャットフードの保存料(正確には酸化防止剤)は、一律に危険なものではありません。むしろ、酸化を防ぐという本来の役割を無視して“無添加”だけを追うほうが、別のリスクを招くことがあります。
この記事では、「BHAは発がん性があるの?」「エトキシキンはEUで禁止されたと聞いたけど?」「無添加じゃないとダメ?」といった不安に対して、実在する査読論文・公的機関の一次情報だけを根拠に、何が言えて、何がまだ言えないのかを切り分けて解説します。煽らず、しかし軽視もせず。成分名だけで善悪を決めるのではなく、分析的な視点で「本当のリスクの所在」を見極めていきましょう。
そもそもキャットフードの「保存料」とは何か
一般に「保存料」と呼ばれているものは、機能で分けると大きく二種類あります。ひとつは微生物の繁殖を抑える抗菌的な保存料、もうひとつは油脂の酸化を防ぐ酸化防止剤(抗酸化剤)です。ドライフードは水分活性が低く微生物が繁殖しにくいため、キャットフードで実際に論点になるのは、ほぼ後者の酸化防止剤だと考えてよいでしょう。ネット上で「保存料が危険」と語られる成分(BHA・BHT・エトキシキンなど)も、そのほとんどが酸化防止剤です。
なぜ猫のフードでは「酸化」が重大なのか
猫は完全肉食動物で、必要とするエネルギーに占める脂質の割合が高く、フードにも相応の油脂が含まれます。脂質、とくに不飽和脂肪酸は化学的に酸化(ランシッド化=酸敗)を受けやすく、空気・光・熱・水分・時間の影響で過酸化物やアルデヒド、ケトンといった二次生成物へと変化します。これらは風味を損なうだけでなく、消化器を刺激し、脂溶性ビタミン(ビタミンEなど)を消耗させます。
つまり酸化防止剤は、もともとこの酸化を遅らせ、栄養素を守るために配合されているものです。「保存料=体に悪いものを無理に足している」というイメージとは、出発点が逆だと理解しておくことが、この記事全体の前提になります。
酸化こそ最大のリスク──「無添加」が見落とすもの
酸化がもたらす害は、抽象的な話ではありません。猫には、脂肪の酸化が引き起こす実在の疾患があります。黄色脂肪症(汎脂肪織炎/pansteatitis・steatitis)です。
MSD獣医マニュアル(Yellow Fat Disease in Cats、Harari、2020年改訂)や、Niza ら(Journal of Feline Medicine and Surgery, 2003)によると、黄色脂肪症は、不飽和脂肪酸(多価不飽和脂肪酸=PUFA)の過剰摂取と、それを守る抗酸化物質(ビタミンE)の不足というアンバランスによって、体脂肪が過酸化を起こし、脂肪組織に強い炎症とセロイド色素の沈着が生じる病気です。発症した猫は体に触れられると強く痛がり、元気・食欲を失います。古くは赤身マグロなど脂の多い魚に偏った食事が主な原因として報告されてきました(Acta Veterinaria Scandinavica, 1996 ほか)。
ここで重要なのは因果関係の向きです。黄色脂肪症は「保存料が入っていたから起きる」のではなく、「酸化を防ぐ仕組み(抗酸化物質)が足りなかったから起きる」病気です。実際、米国飼料検査官協会(AAFCO)は、魚油を多く含む猫用フードに対し、魚油1gあたり10IUのビタミンE添加を推奨しています。これは「酸化の害は立証済みであり、抗酸化という機能そのものは猫の健康に必要」であることを、規格の側から示している例と言えます。
したがって、酸化防止剤を一律に排除した「完全無添加」を選ぶなら、その分だけ酸化を防ぐ設計と保存管理を自分で補う必要がある、という視点が欠かせません。これは「保存料入りが安全だ」という主張ではありません。「酸化の害は実在し、それを防ぐ機能には意味がある」という、もう一方の事実を忘れないでほしい、ということです。
合成酸化防止剤を一次情報で検証する
ここからが本題です。不安の中心にある合成酸化防止剤を、一つずつ一次情報で検証します。日本では、ペットフード安全法(愛がん動物用飼料の安全性の確保に関する法律)に基づく成分規格で、エトキシキン・BHA・BHTの含有量は合計150ppm以下と定められています(犬用はエトキシキン単独で75ppm以下。亜硝酸ナトリウムは100ppm以下)。この規格は、被害事例・健康影響の強さ・原料の汚染状況・諸外国の規制を踏まえ、科学的知見に基づいて設定されたものです(田中、日本獣医師会雑誌 62巻, 2009)。
興味深いのは、犬用にはエトキシキンの単独上限(75ppm)があるのに、猫用には単独上限が設けられていない点です。これは意外と知られていません。だからこそ、数値の有無だけで「猫は無防備だ」と早合点せず、根拠そのものを見ていく必要があります。
BHA(ブチルヒドロキシアニソール)──「発がん性2B」をどう読むか
BHAは、しばしば「発がん性物質」として名指しされます。根拠は、国際がん研究機関(IARC)がBHAをグループ2B(ヒトに対して発がん性があるかもしれない)に分類していることです(IARC Monographs Vol.40, 1986/Supplement 7, 1987)。しかし、この分類の中身を正確に読むと、印象はかなり変わります。
補足:IARCの分類は「危険度」ではなく「証拠の強さ」
ここで、IARCの分類そのものを押さえておきましょう。最大のポイントは、グループ分けが「どれくらい危険か(発がんの強さや摂取量)」ではなく、「ヒトに対して発がん性があると、どれだけ確信できるか(証拠の強さ)」で決まることです。ここを取り違えると、「2B=中くらい危険」という誤読が生まれます。
- グループ1(発がん性がある/carcinogenic):ヒトでの証拠が十分。例:たばこ、アスベスト、電離放射線、加工肉、アルコール飲料
- グループ2A(おそらく発がん性がある/probably):ヒトでの証拠は限定的だが、動物実験などの裏づけが強い。例:赤身肉、高温調理で生じる煙、概日リズムを乱す交代勤務
- グループ2B(発がん性があるかもしれない/possibly):ヒトでの証拠が限定的で、動物でも十分とはいえないなど、全体として弱い。BHAはここに分類されています。ほかに鉛、ガソリンエンジン排気、無線周波電磁界(携帯電話)など
- グループ3(分類できない/not classifiable):証拠が不十分で判断できない。「安全である」という意味ではない。例:カフェイン、原油
評価は、①ヒトでの疫学研究 ②実験動物での研究 ③作用メカニズムの3つの証拠を、それぞれ「十分/限定的/不十分」と格付けして総合判断します。補足を2つ。かつて「おそらく発がん性がない」とされたグループ4は、該当物質がカプロラクタム1件のみで、2019年に改訂された前文(Preamble)で事実上廃止され、現在は1・2A・2B・3の4区分です。そしてもう一つ、同じグループ内でもリスクの大きさは全く異なります。グループ1には、たばこのように実際のリスクが大きいものから、量や状況しだいでリスクが小さいものまで同居しています。グループは「確からしさのラベル」であって、「危険度のランキングではない」のです。
では「どれだけなら口にしても差し支えないか」は誰が決めるのか——これはIARCの分類ではなく、摂取量を踏まえた「リスク評価」の役割で、JECFA(FAO/WHO合同食品添加物専門家会議)や欧州食品安全機関(EFSA)などが担います。その代表が許容一日摂取量(ADI)の設定で、BHAについてもEFSAがADIを定めています(後述)。IARCの「2B」は“入口”にあたるハザードの同定、ADIや法定基準は“出口”にあたる量を踏まえた管理——役割が分かれているのです。
身近な例でいうと、人工甘味料のアスパルテームがわかりやすいでしょう。IARCは2023年、アスパルテームをグループ2Bに分類しましたが、まさに同じ月に、量のリスク評価を担うJECFAは、そのADI(体重1kgあたり40mg)を従来どおり据え置きました。「ハザードとしては2B(=ヒトでの証拠は限定的)」と「日常の摂取量での許容量は変えなくてよい」が、矛盾なく同時に成り立つ——“入口”と“出口”の役割分担が、現実にそのまま表れたケースです。
この前提に立つと、BHAが2Bなのは「中程度に危険だと判定されたから」ではなく、「ヒトでの発がんの証拠が限定的だから」だと読めます。その中身を、以下で具体的に見ていきましょう。
- この評価の根拠は、ラットやハムスターに高用量を長期間与えたときに生じた「前胃」の腫瘍です。前胃(forestomach)はげっ歯類に特有の器官で、ヒトにも猫にも存在しません。
- BHA自体は、サルモネラ試験などの標準的な遺伝毒性(変異原性)試験で陰性でした。つまりDNAを直接傷つけて発がんさせるタイプではなく、細胞増殖の刺激による非遺伝毒性メカニズムと考えられています。
- IARC自身が後の作業部会(Technical Publication No.39, 2003)で、げっ歯類の前胃腫瘍をヒトのリスク評価にそのまま当てはめることの妥当性を検討しており、この前胃メカニズムはヒトへ外挿しにくいと整理されています(レビュー:Regulatory Toxicology and Pharmacology, 2021)。EFSAも2011年の再評価で、食品添加物としてのBHAに許容一日摂取量(ADI)を設定しています。
ここまでだと「じゃあBHAは安全なんだ」と言いたくなりますが、そこで「安全だ」と断定してしまうのは早計です。米国国家毒性プログラム(NTP)は、動物での十分な証拠に基づき、BHAを「ヒト発がん性が合理的に疑われる物質」として掲載し続けています。また近年は、内分泌かく乱作用や、前胃以外の組織での影響を指摘する研究もあり、議論は完全には決着していません。
整理すると、BHAについて現時点で言えることは「高用量を与えたげっ歯類の、ヒトや猫には存在しない器官で腫瘍が生じ、非遺伝毒性メカニズムと考えられている」。言えないことは「法定基準内の濃度で、ヒトや猫に発がんを引き起こすと立証された」。この二つの間にある距離こそ、“発がん性2B”という言葉が独り歩きするときに失われがちな情報です。
BHT(ジブチルヒドロキシトルエン)
BHTはBHAと併用されることが多い合成酸化防止剤です。評価の全体像はBHAほど明確ではなく、動物実験でも有害・無害・むしろ保護的と結果がばらつき、確立した発がん性評価には至っていません。日本では前述のとおりBHA・エトキシキンと合算して150ppm以下に規制されています。BHAと同様、法定基準内の使用について「猫で害が立証された」と断定できる一次情報は確認できません。評価が限定的である以上、過度な安心も過度な不安も避け、「わかっていないことはわかっていない」と留保しておくのが妥当です。
エトキシキン──「EUで禁止された猛毒」は正確ではない
エトキシキンは、もともと果実の褐変防止や香辛料の変色防止に使われていた抗酸化剤で、とくにフィッシュミール(魚粉)の酸化防止に高い効果を持ちます。魚粉は海上輸送中の自然発火リスクがあるため、国際的な輸送規則上も抗酸化処理が求められる原料です。この「表示に出てこない間接的なエトキシキン」の存在は、後述する表示の読み方で重要になります。
「エトキシキンはEUで禁止された」という説明をよく見かけますが、経緯を一次情報で追うと、表現を正す必要があります。
- EU:欧州委員会は2017年6月、エトキシキンの飼料添加物としての認可を「禁止(ban)」ではなく「一時停止(suspension)」しました(Commission Implementing Regulation (EU) 2017/962)。理由は、安全性を結論づけるためのデータ不足と、製造過程で残る不純物p-フェネチジン(変異原の可能性)、および代謝物エトキシキンキノンイミンの遺伝毒性を否定できなかったことです。2022年のEFSA再評価でも、一部の対象(長寿命・繁殖用の動物、消費者、環境)について安全性を結論づけられないとされました。いずれもエトキシキン自体の毒性が証明されたのではなく、上記2物質のデータ不足が結論を出せない主因です。つまり「有害と証明されたから禁止」ではなく、「安全と確認できるデータが足りないため予防的に止めた」というのが正確な理解です。
- 米国:FDAの動物用医薬品センター(CVM)は1997年、犬用フードのエトキシキン最大量を自主的に150ppm→75ppmへ下げるよう要請しました。きっかけは発がん性ではなく、ある試験から「150ppmでは授乳中の雌犬・子犬で安全マージンが不十分かもしれない」と判断されたためです。連邦規則(21 CFR 573.380)自体は改正されておらず、法定上限は150ppmのまま。FDAはエトキシキンと発がんを結びつける科学的根拠は確認できなかったとしています。それでも消費者の不安を背景に、多くのメーカーが自主的に使用を取りやめました。
- 日本:前述のとおり合計150ppm以下(犬用はエトキシキン単独75ppm以下)の規格内で引き続き使用が認められています。
エトキシキンをめぐる各国の判断の差は、「発がん性の有無」という白黒ではなく、不純物・代謝物のデータがどこまで揃っているか、そのリスクをどう管理するかという予防原則の濃淡の差だと読むのが、一次情報に忠実な解釈です。
天然系(ビタミンE・ローズマリー等)の実際
「無添加」「自然派」をうたうフードの多くは、合成酸化防止剤の代わりにミックストコフェロール(ビタミンE)、ローズマリー抽出物、アスコルビン酸(ビタミンC)といった天然系の抗酸化成分を使っています。これ自体は良い選択肢ですが、「天然=無条件に安全・高性能」ではありません。
一般に天然系の抗酸化成分は、合成系に比べて抗酸化力や効果の持続が弱く、賞味期限が短くなる傾向があるとされます。これは製剤・濃度・包装(脱酸素剤や窒素充填の有無)によって大きく変わるため一概には言えませんが、裏を返せば、天然系フードは開封後の酸化が進みやすく、保存管理をよりシビアにする必要がある場合がある、ということです。前章で見た酸化の害を思い出せば、「無添加だから安心して長く置いておける」という発想は、むしろ逆になりかねません。
※この段落の内容は、査読論文というより食品・飼料の製剤に関する実務的知見に基づくものです。製品ごとの差が大きいため、断定は避け、「製品の設計次第で変わる」という前提で受け取ってください。
猫に特有の論点──なぜ猫だけ禁止される添加物があるのか
プロピレングリコール(PG)は猫用フードに使用禁止
保存料の議論でもっとも明確に「避けるべき」と言えるのが、半生タイプの保湿剤などに使われてきたプロピレングリコール(PG)です。日本のペットフード安全法は、製造方法の基準として「プロピレングリコールは、猫用の愛がん動物用飼料には用いてはならない」と定めています。米国FDA/CVMも猫用フードへのPG使用を禁止しています。犬用では問題にならないPGが、なぜ猫だけ名指しで禁止されるのか──ここに猫特有の生理が関わっています。
鍵はハインツ小体(Heinz body)です。赤血球のヘモグロビン(グロビン部分)のSH基(スルフヒドリル基)が酸化されると、ヘモグロビンが変性して赤血球内に塊として沈着します。これがハインツ小体で、こうした赤血球は脾臓で壊されやすくなり、赤血球の寿命が縮みます。猫のヘモグロビンは反応性の高いSH基を多くもち、酸化変性を受けやすいこと、さらに脾臓でハインツ小体を除去する能力も限られていることから、猫は他の動物より酸化ストレスに弱いのです。
PGがこのハインツ小体を誘発することは、複数の査読論文で報告されています。
- Christopher ら(JAVMA, 1989)は、PGによるハインツ小体形成が猫の貧血に寄与することを報告しました。
- Bauer ら(Am J Vet Res, 1992)は、6%・12%のPGを含む食事を与えた成猫で、赤血球の平均寿命がそれぞれ約30%・55%短縮し、用量依存的に赤血球破壊が進むことを示しました。
- Hickman ら(Am J Vet Res, 1990)は、子猫でもPGがハインツ小体を誘発し、赤血球の半減期が短縮する(約8.3日 対 対照12.6日)ことを確認しました。ただしこの研究では明らかな貧血やメトヘモグロビン血症までは発現しませんでした。
ここでも「言えること/言えないこと」を厳密に区別しましょう。言えることは「PGが用量依存的にハインツ小体を形成させ、赤血球の寿命を縮める、という測定可能な変化が繰り返し示された」。言えないことは「PGを含むフードを食べた猫が必ず重い貧血になる」。実際、FDAも「ソフトモイストフードに含まれる水準で明らかな臨床症状を示すとは証明できなかった」としつつ、赤血球寿命の短縮と酸化ストレスへの感受性増大という知見に基づき、予防的に猫用フードでのPG使用を禁止しました。規制は「必ず病気になるから」ではなく「猫の酸化ストレス予備能を確実に削るから」行われた、という構造です。
同じ機構でリスクになるもの──玉ねぎ・ネギ類
この「酸化ストレスで赤血球が壊れる」という機構は、フードの添加物に限りません。玉ねぎ・ネギ・ニンニクなどに含まれる有機硫黄化合物も、同じ経路でハインツ小体を引き起こします。Robertson ら(JAVMA, 1998)は、玉ねぎ粉末を含むベビーフードを食べた猫でハインツ小体が形成されたことを報告しています。保存料の話から一歩広げれば、人間の食べ物の“うっかり誤食”も、猫にとっては同じ酸化ストレス源になりうるという点は、ぜひ覚えておきたいところです。
※玉ねぎ・ネギ類の中毒については、別記事「猫が食べてはいけないもの一覧|ユリは絶対NG」でネギ類を含めて詳しく解説しています。
飼い主が実際にできること
ここまでの検証を踏まえると、やるべきことは「特定の成分名を恐れて避ける」ことではなく、①表示を正しく読む ②酸化を防ぐ保存をするの二つに集約されます。とくに②は、どんなフードを選んでも効果があり、もっとも実効的です。
原材料表示の読み方(分析的な視点で)
日本ではペットフード安全法により、犬猫用フードに名称・原材料名・賞味期限・製造業者等の名称および住所・原産国名の表示が義務づけられています。原材料名の酸化防止剤の表記を確認するのは基本ですが、化学・分析の視点からは、次の点も押さえておくと解像度が上がります。
- 「無添加」表示の射程を見極める。「酸化防止剤無添加」でも、魚粉など原料側にすでに含まれていた酸化防止剤(間接的なエトキシキン等)までは排除されていないことがあります。米国では間接的なエトキシキンも表示義務の対象です。
- 成分名の有無だけで善悪を決めない。重要なのは「何が入っているか」だけでなく、「どの濃度で、どんな包装で、開封後どれだけ酸化しているか」という総合的な状態です。
- 賞味期限と内容量のバランスを見る。小食の猫や単頭飼いで大容量を買うと、食べ切るまでの酸化時間が長くなります(まさにうちの先住猫がそうです)。
※総合栄養食の選び方や原材料の読み解きは、別記事「良いキャットフードの選び方|『無添加』『グレインフリー』に惑わされない見極め方」で体系的にまとめています。
正しい保存方法──酸化を防ぐ「合わせ技」
酸化を進める要因は、空気(酸素)・光・熱・湿気・時間です。裏を返せば、この5つを抑えるだけで、どんなフードでも酸化リスクは下げられます。具体的には次のとおりです。
- 密閉・遮光・低温・乾燥。開封後は空気に触れる面積と時間を最小化します。袋の口を閉じるだけでなく、袋ごと密閉容器に入れると、酸素・湿気・光をまとめて遮れます。
- 小分けにする。1〜2週間で使う分だけを取り出し、残りは密閉。可能なら脱酸素剤や真空保存を併用します。
- 小食・単頭なら小容量パックを選ぶ。「割安だから大袋」が、酸化の観点では裏目に出ることがあります。
- 自動給餌器は空気接触に注意。常温で長時間外気にさらされる構造のものは、湿気や酸化が進みやすいので、補充量と清掃頻度を調整します。
- 酸化のサインを見逃さない。油臭い・酸っぱい匂い、色の変化、普段食べる子の食いつきの急な低下などがあれば、もったいなくても処分を検討します。
まとめ
- キャットフードの「保存料」の論点は、ほぼ酸化防止剤。その本来の役割は、猫に実害のある酸化(黄色脂肪症など)を防ぐこと。
- BHAの「発がん性2B」は、ヒトや猫にはない器官(げっ歯類の前胃)での高用量データが根拠で、非遺伝毒性メカニズム。ヒト・猫での発がんは立証されていない一方、議論も残り「完全な白」でもない。
- エトキシキンのEUでの措置は「禁止」ではなくデータ不足による予防的な認可停止。米国の75ppm要請も発がん根拠ではない。
- 天然系(ビタミンE等)も万能ではなく、酸化保護が弱い分、保存管理がよりシビアになりうる。
- 猫特有のリスクが明確なのはプロピレングリコール(猫用は規制で使用禁止)。機構はハインツ小体による赤血球障害。玉ねぎ・ネギ類も同じ経路。
- もっとも実効的なのは、成分名に一喜一憂することより正しい保存で酸化を防ぐこと。
過度に恐れる必要はありません。しかし軽視もしない。成分表示を「善悪のラベル」ではなく「状態を推測する手がかり」として読み、酸化を防ぐ保存を習慣にする──これが、化学の視点から見ても、いちばん地に足のついた向き合い方だと考えています。
次の一歩
フードの切り替えや、気になる症状(食欲不振、嘔吐・下痢、歯ぐきが白っぽい・元気がないといった貧血を疑うサインなど)がある場合は、自己判断せず、かかりつけの獣医師に相談してください。この記事は成分の読み解きを助けるためのものであり、個々の猫に合う食事の最終判断は、その子を直接診られる獣医師にしかできません。
この記事を書いた人
大学で化学を専攻し、過去に食品分析(ペットフードを含む)やSDS作成の実務に携わってきました。現在は2匹の長毛猫(ノルウェージャンフォレストキャットの先住猫と、サイベリアンの後輩猫)と暮らしています。成分・原材料を分析的に読み解く視点と、日々の飼育の実感の両方から、査読論文・公的資料に基づいた情報発信を心がけています。
免責事項
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の猫に対する診断・治療方針を示すものではありません。愛猫の健康や食事について判断が必要な場合は、必ずかかりつけの獣医師にご相談ください。記載内容は執筆時点で確認できた一次情報に基づいていますが、規制・評価は更新される可能性があります。
出典
- 田中誠也「愛がん動物用飼料の安全性の確保に関する法律の概要(II)」日本獣医師会雑誌 62(8):594–596, 2009.
- 環境省・農林水産省「愛がん動物用飼料の成分規格等に関する省令」/環境省「愛玩動物用飼料(ペットフード)の製造・販売にかかる基準・規格」 https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/petfood/standard.html
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- IARC. Preamble to the IARC Monographs(2019年1月改訂). International Agency for Research on Cancer.(Group 1/2A/2B/3 の区分、およびグループ4の廃止)https://monographs.iarc.who.int/
- WHO/IARC/JECFA. Aspartame hazard and risk assessment results released(2023年7月). IARCは2Bに分類、JECFAはADI 40 mg/kg体重/日を維持. https://www.who.int/news/item/14-07-2023-aspartame-hazard-and-risk-assessment-results-released
- Butylated hydroxyanisole: Carcinogenic food additive to be avoided or harmless antioxidant important to protect food supply? Regul Toxicol Pharmacol. 2021;121:104887. doi:10.1016/j.yrtph.2021.104887. PMID: 33556417.
- EFSA. Scientific Opinion on the re-evaluation of butylated hydroxyanisole – BHA (E 320) as a food additive. EFSA Journal. 2011;9(10):2392. doi:10.2903/j.efsa.2011.2392.
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