猫の尿のにおいの正体は、猫(ネコ科)だけが大量に排泄する含硫アミノ酸「フェリニン」とその分解物。そしてにおいの「変化」は、腎臓病・尿路疾患・糖尿病などのサインになり得ます。
先に結論:3つのポイント
- においの主役は「フェリニン」という猫特有の含硫(がんりゅう)アミノ酸と、その分解でできる揮発性の硫黄化合物MMB(3-メルカプト-3-メチル-1-ブタノール)です。あの「猫くささ」は、ほぼこの物質群に由来します。
- においの強さは体質と状況で変わります。性別・去勢の有無・尿の濃さ・食事・放置時間で大きく上下し、未去勢のオスが最も強くなります。
- 注目すべきは「いつもと違う変化」。急に甘いにおいがする、アンモニア臭が急に強まって頻尿・血尿を伴う、あるいは逆に「においが薄くなる」——いずれも病気と関連が報告されていますが、においだけで診断はできません。気づきを受診につなげるのが正解です。
なぜ臭うのか?──においの正体は「フェリニン」
猫だけが尿に出す特別なアミノ酸
猫の尿のにおいの中心には、フェリニン(felinine)という物質があります。硫黄を含む枝分かれ構造のアミノ酸で、1953年にWestall が猫の尿から「新しい含硫アミノ酸」として初めて単離しました(Westall, Biochemical Journal, 1953)。その後 Hendriks ら(Comp. Biochem. Physiol. B, 1995)が、イエネコを含むネコ科の動物の尿に共通して出る成分であることを詳しく調べています。フェリニンは猫(ネコ科)にほぼ固有で、犬やヒトの尿では問題にならない「猫くささ」が生まれるのは、これを大量に尿へ排泄するためです。
においの犯人は「分解物」のMMB
フェリニン自体は、排泄直後はそれほど強くにおいません。時間とともに分解し、揮発性の硫黄化合物に変わります。宮屎雅雄ら(Chemistry & Biology, 2006)は猫尿のヘッドスペースを分析し、3-メルカプト-3-メチル-1-ブタノール(MMB)をはじめとする硫黄化合物を同定しました。硫黄化合物は低濃度でも強く香るため、これが刺激的な「猫くささ」の正体です。「出したては弱く、置くと強くなる」という家庭での実感とも一致します。
カギを握る酵素「コーキシン」
フェリニンがどれだけ尿に出るかを左右するのが コーキシン(cauxin)という酵素です。猫の尿に大量に含まれ、腎臓の尿細管でつくられ、前駆体を分解してフェリニンを生み出します(宮屎ら, 2006)。腎臓でつくられる酵素がにおいの量を決めている——これがあとで触れる「腎臓病とにおい」の伏線になります。


【ここは推定】フェロモンとしての役割
Hendriks ら(1995)はフェリニンがフェロモン前駆体である可能性が高いとしつつ、生物学的な意味はまだ推測段階だとしています。宮屎ら(Journal of Chemical Ecology, 2018)は糞中のMMBがオスの性を知らせる手がかりとして働くことを示しました。「においの正体=MMB」は確立した事実ですが、「それが何を伝えるか」は研究で示唆されつつある段階、と理解するのが正確です。
においの強さを左右する5つの要因
① 性別
フェリニンの排泄量には性差があり、Hendriks ら(1995)によれば未去勢のオスは1日あたり約95mg、メスは約19mgと、オスはメスのおよそ5倍です。
② 去勢の有無
コーキシンとフェリニンは生後3か月ごろから加齢とともに増え、性成熟したオスで特に多くなります(宮屎ら, 2006)。去勢するとこの分泌が大きく下がり、去勢済みオスのフェリニン量は未去勢オスのおよそ4分の1程度まで減ると報告されています(Hendriks ら, British Journal of Nutrition, 2008)。「去勢で尿の悪臭やスプレーが軽くなる」という経験則は、フェリニン量の低下で説明できます。
(関連記事:猫の去勢・避妊後の体重管理)
③ 尿の濃さ(水分の充足度)
猫はもともと砂漠出身で尿を濃く濃縮する体質。水分不足で尿が濃くなるほど、においの成分も凝縮されて強くなります。においが気になるときは、まず「水分が足りているか」を見直す価値があります。
(関連記事:猫のドライフードだけは危険?水分と腎臓・尿路の関係)
④ 食事(含硫アミノ酸・タンパク質)
フェリニンの材料はシステイン(シスチン)などの含硫アミノ酸です。Hendriks ら(2008)は、食事にシスチンを加えるとフェリニンの排泄が増えることを示しました。高タンパク・含硫アミノ酸の多い食事でにおいが変わると感じるのは、気のせいではない可能性があります(ただし「におうから悪い食事」という意味ではありません)。
⑤ 放置時間(尿素→アンモニア)
尿中の尿素は時間がたつと細菌の働きでアンモニアに変わります。トイレを長く放置するほど、硫黄臭にアンモニア臭が重なり、においは確実に強まります。対策の基本が「こまめな処理」になる理由です。
においの変化が示す健康サイン
健康な猫の尿は、日によって極端に変わることはなく、いつも同じくらいの「猫くささ」を保っています。だからこそ「いつもと違う変化」こそが体からのサインになり得ます。
重要な前提:以下はいずれも病気と「関連(association)」が知られている変化であって、「このにおいがしたら必ずこの病気」という因果関係ではありません。においは気づくきっかけであり、確定診断には必ず尿検査などが必要です。


急に「甘いにおい」がする → 糖尿病の疑い
尿が甘い・シロップのようなにおいに変わった場合、糖尿病の可能性が指摘されます。血糖が高い状態が続くと脂肪が使われ、副産物のケトン体が尿に漏れ出て甘いにおいを生むためです。多飲多尿、よく食べるのに痩せる、といった変化を伴うことが多いとされています(Cornell Feline Health Center「Feline Diabetes」)。ぐったりして食欲が落ちている場合は糖尿病性ケトアシドーシスという緊急事態のこともあり、早めの受診をおすすめします。
アンモニア臭が急に強い・生臭い+頻尿や血尿 → 膀胱炎・尿路の病気
これらが、何度もトイレに行く・少量ずつしか出ない・排尿時に鳴く・血が混じるといった様子と重なるときは、膀胱炎や尿路の感染、結石などの下部尿路疾患(FLUTD)が疑われます。においや行動だけでは区別できず、尿検査や細菌培養が必要です。とくにオス猫で、トイレに行くのに尿がまったく出ない場合は尿道閉塞という命に関わる緊急事態です。半日〜1日で危険な状態になり得るため、すぐに動物病院へ。
(関連記事:猫の尿路結石とは?2大タイプの違いと予防法)
尿が濃く、においが強い → 脱水のサインかも
水分不足で尿が濃縮されるとにおいは強くなります。いつもよりにおいが強く、尿の量が少ない・色が濃いときは脱水の可能性があり、腎臓への負担にもなります。飲水量を見直し、改善しなければ受診を。
【意外な盲点】逆に「においが薄くなった」 → 進行した腎臓病で報告
多くの飼い主は「においが強くなる=異常」と考えますが、においが弱くなることもサインになり得ます。須加ら・宮屎ら(岩手大学/Journal of Veterinary Medical Science, 2025)は、正常な猫40頭と腎臓病の猫66頭の尿を分析し、腎臓病が進行した猫ほど尿中のフェリニンが有意に減り、においの成分(硫黄化合物)の放出も明らかに低下することを示しました。コーキシンは腎臓で作られるため、腎機能が落ちると酵素の働きも落ち、においのもとが減るのです。トイレ掃除で「最近、前よりにおいが弱い」と感じたら、腎臓病の早期発見のきっかけになる可能性があります。ただし、もともとメスや去勢済みオスはにおいが弱めなので、「その子のいつもと比べて」弱くなった変化が手がかりです。
(関連記事:猫の慢性腎臓病(CKD)とは?初期症状・検査・新薬まで)
受診の目安──いつ病院へ?
- 今すぐ(緊急):トイレに行くのに尿が出ない(とくにオス)、ぐったりして食欲がない、何度も力む。
- できるだけ早く(数日以内):甘いにおいに変わった、アンモニア臭が急に強まり頻尿・血尿を伴う、尿の量や回数が明らかに変わった。
- 次回の健診で相談:「いつもよりにおいが弱い気がする」など、緊急性は低いが気になる変化。とくにシニア猫では腎臓の数値(クレアチニン・SDMAなど)と尿検査をあわせて確認を。
診断の中心になるのは尿検査(尿比重・pH・潜血・糖・細菌など)と血液検査です。においはそのきっかけにすぎません。気づいたことを獣医師に具体的に伝えることが、早期発見につながります。
(関連記事:猫の血液検査の数値の見方/猫の健康診断はいつから?)
においを抑える対策
病気のサインを見逃さないためにも、ふだんのにおいを「低く保つ」ことが大切です。ベースが低いほど、変化に気づきやすくなります。
① こまめに掃除する(最優先)
尿を放置するほど尿素がアンモニアに変わってにおいが増すので、排尿後できるだけ早く取り除くのが基本。砂の全交換とトイレ本体の丸洗いも定期的に。
② 水分をしっかりとらせる
尿が薄まればにおいの凝縮もやわらぎます。水飲み場を複数置く、ウェットフードを取り入れる、循環式の給水器や飲みやすい形の水皿を使うなど。これはにおい対策であると同時に、腎臓・尿路の健康を守る対策でもあります。
③ 消臭は「アンモニアを分解するタイプ」を選ぶ
香りでごまかす芳香剤より、においの元を化学的に分解・中和するタイプ(酵素系・ミョウバンなど)が猫尿のアンモニア臭に向いています。無香料でトイレ周りに使える専用品が無難。砂自体を消臭力の高いものに替えるのも一手。
④ 変化を「見える化」して早く気づく
におい・回数・量の変化は記録しておくと気づきやすくなります。トイレの下に敷いて排泄を自動記録するデバイスを使えば、客観的なデータを残せます。多頭飼いでは「どの子の変化か」が分かりにくいため、見える化が役立ちます。
(関連記事:Catlog Boardの実際|できること・料金)
まとめ
- 猫の尿の「猫くささ」は、猫特有のアミノ酸フェリニンと、その分解物MMBなどの硫黄化合物が主役。酵素コーキシンがその量を決めている。
- においの強さは、性別・去勢・尿の濃さ・食事・放置時間で変わる。未去勢オスが最強、去勢で大きく下がる。
- 大事なのは「いつもと違う変化」。甘いにおい(糖尿病)/急なアンモニア臭+頻尿・血尿(膀胱炎・尿路疾患)/脱水/逆ににおいが薄い(進行した腎臓病)はいずれも受診のきっかけ。
- これらは関連であって因果ではない。においだけで判断せず、尿検査・血液検査で確認を。
- ふだんの対策はこまめな掃除・水分・適切な消臭・見える化。ベースを低く保つほど、変化に早く気づける。
毎日のトイレ掃除は少し面倒ですが、あの「におい」は猫が言葉を使わずに体調を教えてくれる数少ないサインのひとつ。「くさいな」で終わらせず、「いつもと同じかな?」と一瞬考える——それだけで気づける変化があります。
免責事項
本記事は一般的な情報の提供を目的としたものであり、個別の猫の診断・治療方針を示すものではありません。愛猫の体調やにおいの変化に気づいた場合は、自己判断せず、かかりつけの獣医師にご相談ください。
出典
- Westall RG. “Amino acids and other ampholytes of urine. II. Isolation of a new sulphur-containing amino acid from cat urine.” Biochemical Journal, 1953; 55(2): 244–248.
- Hendriks WH, Moughan PJ, Tarttelin MF, Woolhouse AD. “Felinine: a urinary amino acid of Felidae.” Comparative Biochemistry and Physiology Part B, 1995; 112(4): 581–588. DOI: 10.1016/0305-0491(95)00130-1
- Miyazaki M, Yamashita T, Suzuki Y, et al. “A major urinary protein of the domestic cat regulates the production of felinine, a putative pheromone precursor.” Chemistry & Biology, 2006; 13(10): 1071–1079. DOI: 10.1016/j.chembiol.2006.08.013
- Miyazaki M, Miyazaki T, Nishimura T, et al. “The Chemical Basis of Species, Sex, and Individual Recognition Using Feces in the Domestic Cat.” Journal of Chemical Ecology, 2018; 44(4): 364–373. DOI: 10.1007/s10886-018-0951-3
- Hendriks WH, Rutherfurd-Markwick KJ, Weidgraaf K, et al. “Urinary felinine excretion in intact male cats is increased by dietary cystine.” British Journal of Nutrition, 2008. DOI: 10.1017/S0007114508945165
- Suka A, Uenoyama R, Ichizawa S, et al. “Reduction of urinary felinine in domestic cats with renal diseases leads to decreased catty odor.” Journal of Veterinary Medical Science, 2025; 87(1): 61–67. DOI: 10.1292/jvms.24-0370
- Cornell Feline Health Center. “Feline Diabetes” / “Chronic Kidney Disease” / “Hydration.” Cornell University College of Veterinary Medicine.
- 岩手大学プレスリリース/JST ScienceJapan「Iwate University discovers that weakened odor in cat urine is a sign of renal disease」(2025).

コメント