【この記事の結論】
猫でもっとも多い心臓病「肥大型心筋症(HCM)」は、初期は無症状で、見た目が健康な猫の約7匹に1匹に潜んでいます。命を守る鍵は、症状が出る前に見つけること。そのために、飼い主が今からできることは次の3つです。
- 寝ているときの呼吸数を数える(健康な猫の中央値は1分19回。30回を超える状態が続いたら要注意)
- 健康診断で心エコー検査を受ける(HCMを早期に見つけられる最も確実な決め手)
- 健康なうちのデータを「ベースライン」として残す(あとから「変化」を比べられるようにする)
そして、万一に備えて覚えておいてほしいのが——後ろ足の突然のマヒや激しい痛みは、血栓による一刻を争う緊急事態のサイン。このときは様子を見ず、すぐに動物病院へ。
以下で、その理由と具体的な方法を、査読付き論文と実体験をもとに詳しく解説します。
「うちの子は元気だから大丈夫」
——その油断が、いちばん危ういかもしれません。初期は症状がほとんど出ないこの病気は、見た目が健康な猫にも静かに潜んでいます。この記事では、査読付きの獣医学論文と国際診療ガイドラインをもとに、飼い主が「何を知り、何をすればいいのか」を、実体験を交えて解説します。
この記事でわかること
- 猫の肥大型心筋症(HCM)がどんな病気か
- 見逃してはいけない3つの危険サイン
- 今夜すぐできる「1分間の呼吸数チェック」
- なぜ「症状が出てから」の検査では遅いのか
- 健康診断で「ベースライン」を持っておく意味
- 「心エコー」と「レントゲン」の決定的な役割の違い
- どのくらいの頻度で心臓を検査すべきか
- HCMに注意したい猫種と、日本の研究でわかった遺伝の“正確なところ”
- もし診断されても、あきらめなくていい理由
はじめに:大型長毛種2匹と暮らす我が家の話
我が家には、先住猫のノルウェージャンフォレストキャットと、後輩猫のサイベリアン、2匹の大きな長毛種がいます。
大型の猫種は、これからお話しする心臓の病気に注意したいグループとも言われます。だから我が家では、年に1回の健康診断で心エコーを必ずチェックしています。「今この子の心臓がどんな状態か」を、健康なうちから記録しておくためです。
その病気の名前が、肥大型心筋症(Hypertrophic Cardiomyopathy=HCM)です。
HCMは、猫でもっとも多い後天性の心臓病でありながら、初期はほとんど症状が出ません。よく食べ、よく遊び、見た目はどこも悪くない。それでも心臓の中では、静かに異変が進んでいることがあります。そしてある日突然、後ろ足のマヒや、最悪の場合は突然死という形で表に出ることがあります。
決して珍しい話ではありません。英国の譲渡施設で、見かけ上健康な猫を心エコーでスクリーニングした大規模研究(CatScan研究)の結果がこれです。
HCMの有病率は14.7%(95%信頼区間 12.3〜17.4%)、先天性疾患は0.5%、その他の心筋症は0.1%であった。HCMの有病率は年齢とともに上昇した。
Payne JR, et al. J Vet Cardiol. 2015(筆者訳)
つまりおよそ7匹に1匹。しかもこの14.7%は「心筋症全般」ではなくHCMそのものの数字です(他の心筋症は0.1%しかありません)。年齢が上がるほど、その割合は高くなります。
対象は6か月齢以上で、高血圧と甲状腺機能亢進症の猫は除外されています。診断基準は左室拡張末期壁厚6mm以上。1,007頭が登録され、完全なデータが得られた780頭が分母です。
そもそも、HCMはどんな病気なのか
ひとことで言うと、心臓の壁(とくに左心室の壁)が分厚く、硬くなってしまう病気です。
心臓はポンプのように、ふくらんで血液をため、縮んで送り出します。ところがHCMになると、壁が厚く硬くなり、うまくふくらめなくなります。すると血液が心臓の手前で滞り、やがて肺に水がたまったり、血のかたまり(血栓)ができたりします。これが、さまざまなトラブルの引き金になります。
厚さの基準もはっきりしています。国際的なコンセンサスでは、体格が標準的な猫では左室拡張末期壁厚5mm未満が正常、6mm以上が肥大とされています。5〜6mmはグレーゾーンで、1回の測定では判断しきれない領域です。
繰り返しになりますが、HCMは猫でいちばん多い後天性の心臓病です。「うちは大丈夫」と思っている飼い主さんの猫にこそ、静かに潜んでいることがあります。
見逃してはいけない、3つの危険サイン
無症状のことが多い病気ですが、進行すると体はサインを出します。ひとつでも当てはまったら、できるだけ早く動物病院へ。
① 安静時なのに、呼吸が速い・お腹で息をする
寝ているときや落ち着いているときに呼吸が速い。肩やお腹を大きく使って苦しそうに息をする。これは、肺やその周りに水がたまる「うっ血性心不全」のサインかもしれません。
鼻の脇をヒクヒクと動かす呼吸(鼻翼呼吸)も、苦しいときのサインになり得ます。ただし呼吸の異常はHCM以外にも原因が多く、見た目から原因を当てるのは獣医師でも難しいことが分かっています。呼吸そのものが気になっている方は、こちらで緊急度の見分け方と考えられる病気を部位別に整理しています。
→ 猫が鼻をひくひくさせて呼吸するのは大丈夫?受診の目安と呼吸数
② 後ろ足が突然動かなくなり、激しく痛がる
心臓でできた血栓が血管に詰まる「動脈血栓塞栓症(ATE)」。多くは後ろ足が急にマヒし、猫が悲鳴をあげるほど痛がります。足先が冷たく、肉球が白っぽくなることも。これは一刻を争う緊急事態です。様子を見てはいけません。
国際的なコンセンサスも、「ATEに伴う不全マヒまたはマヒは、よくある初発症状でもある」と記載しています。つまりHCMだと知らないまま、この症状で初めて病院に来る猫がいるということです。
③ 昨日まで元気だったのに、突然
いちばん痛ましいケースです。国際コンセンサスの記述は簡潔です。「少数の猫は、先行する臨床症状なしに突然死する」。
「あんなに元気だったのに」という悲劇の裏に、この病気が隠れていることがあります。
だからこそ——症状が出てから慌てるのではなく、症状が出る前に見つける。これが何より大切になります。
【今夜できる】たった1分の呼吸数チェック
我が家でも実践している、いちばん手軽なセルフチェックです。特別な道具はいりません。
愛猫が眠っているあいだに、胸やお腹が上下する回数を1分間数えるだけ。うまく数えられないときは、スマホで1分間だけ動画を撮り、あとで再生しながら数えるのがおすすめです。
基準になる数字は、健康な猫と無症状の心臓病の猫を家庭で8〜10回測定した研究で示されています。
| 対象 | 睡眠時呼吸数の中央値 |
|---|---|
| 心エコーで正常だった猫/見かけ上健康な猫 | 19回/分 |
| 無症状の心臓病がある猫 | 21回/分 |
| (参考)同じ猫の安静時呼吸数 | 25〜27回/分 |
そして30回/分を超えることは、まれでした(この研究では7%)。日によって大きくばらつくこともありませんでした。
論文の結論はこうです。
睡眠時呼吸数の平均が30回/分を超える猫、および30回/分を超える測定が複数回ある猫は、追加の評価が必要と考えられる。
Ljungvall I, et al. J Feline Med Surg. 2014(筆者訳)
✅ 安静・睡眠時に、1分間で30回を超える状態が続くなら要注意。「超えたら病気」ではなく「超えたら調べる」という位置づけの数字です。
1回の数字で決めつけない
同じ研究には、睡眠時呼吸数の平均が41回/分だったにもかかわらず、その後6か月以上にわたって無症状のままだった猫も記録されています。
逆に言えば、1回だけ高い数字が出ても、それだけで病気とは限らないということです。大事なのは「続いているか」「増えてきているか」。数日測ってみてください。
ただし呼吸が苦しそう、口を開けて呼吸している場合は、回数に関係なくすぐに受診してください。
なぜ「家で測った数字」に価値があるのか
ここが見過ごされやすいポイントです。健康な猫131匹を対象にした研究では、動物病院の診察室で測った呼吸数は中央値64回/分(28〜176回)という値でした。ところが同じ猫を自宅で測ると、安静時は中央値27回、睡眠時は中央値20回。病院という環境だけで、呼吸数はまったく別の数字になってしまうのです。
この研究の著者たちは、飼い主が自宅で動画を撮って持参することを勧めています。病院では速くなるのが当たり前なので、「ふだんはどうなのか」を伝えられるのは飼い主だけということです。
大切なのは、一度だけでなく、たまに測って「その子のふだんの数」を知っておくこと。測った数字はスクショで残しておくと、いざというとき獣医さんにも伝えやすくなります。
なお、国際的なコンセンサスが呼吸数のモニタリングを明確に推奨しているのは、すでに心臓の変化が確認されている猫(左心房が拡大しているステージB2以降)です。健康な猫が測ることを否定するものではありませんが、「呼吸数だけでHCMをスクリーニングできる」わけではない点は押さえておいてください。見つけるための検査は、次にお話しする心エコーです。
なぜ「症状が出てから」の検査では遅いのか
「異常が出てから病院で調べればいい」と考えたくなりますが、ここには大きな落とし穴があります。
落とし穴① 「いつから、どこまで進んだか」が分からない
症状が出てから初めて心エコーをとっても、そこで分かるのは「今の状態」だけです。
- 心筋の肥厚が、どのくらいの速さで進んできたのか
- いつ頃から変化が始まっていたのか
- 左心房の拡大は、最近のものなのか以前からあるのか
こうした経過の評価ができません。治療方針や経過観察の間隔は「進行の速さ」に左右されるため、これは小さな差ではありません。
落とし穴② 1回の検査だけでは判断が難しいことがある
前述のとおり、壁厚5〜6mmはグレーゾーンです。そのため、
- 病的な肥大なのか
- その子の体質的な範囲なのか
を、1回の検査で正確に切り分けるのは難しい場合があります。さらに近年は、一時的に心筋が厚く見え、その後もとに戻る猫がいることも報告されています。だからこそ、比べられる過去のデータが役に立ちます。
健康診断で「ベースライン」を持っておく意味
この問題を解決するのが、健康なうちからの定期検査です。ここで重要になる考え方が「ベースライン(正常なときの状態)」です。
ベースラインがあると分かること
- わずかな心筋の厚さの変化
- 心臓の動き(収縮・拡張)の変化
- 左心房が広がってきていないか
- 安静時呼吸数が、その子のふだんより増えていないか
つまり、単発の「異常か正常か」ではなく、「変化」を比較できるようになるということです。基準値の範囲に収まっていても、その子にとっては明らかな変化、ということが起こり得ます。
この考え方は心臓に限りません。血液検査でも、基準値内におさまっているのに前年から明らかに動いている項目が、最初の手がかりになることがあります。
→ 猫の血液検査の数値の見方|見落とされがちな項目を解説
【体験談】1歳になる前に、前倒しで心エコーを受けました
我が家の後輩猫は、まだ1歳になる前に、前倒しで心エコーとレントゲンを受けました。結果は問題なし。同時に測った睡眠時の呼吸数は22回/分でした。
このとき得られたのは「異常なし」という結果だけではありません。健康なときの心臓の画像と数字が残ったこと自体が、これから何年もかけて比べていくための土台になります。ベースラインは、元気なうちにしか取れません。
💡 受診のきっかけになった呼吸の様子、検査の費用、そのとき獣医師から言われた緊急サインについては、猫が鼻をひくひくさせて呼吸するのは大丈夫?受診の目安と呼吸数にまとめています。
いちばん実用的な話|「心エコー」と「レントゲン」は役割が違う
私が受診時に「両方お願いします」と言えたのは、この2つの検査の違いを知っていたからです。ここが、この記事でいちばん持ち帰ってほしいところです。
心エコー=「早期発見の決め手」
国際的なコンセンサスの表現は、そのものずばりです。
心エコー検査は、猫の心筋症の診断におけるゴールドスタンダード検査である。
2020 ACVIM Consensus Statement(筆者訳)
症状が出ていない段階でも、心臓の壁の厚さや左心房の広がりを直接見られます。痛みもなく、多くは麻酔もいりません。まさに、早期発見のための検査です。
では、心エコーでは具体的に何を見ているのでしょうか。主に次のような項目を計測します。
- 左室自由壁の厚さ……左心室の外側の壁。HCMではここが厚くなります
- 心室中隔の厚さ……左右の心室を隔てる壁。自由壁と並ぶ、肥大を判断する中心的な指標です
- 左心房の大きさ……心臓がうまくふくらめなくなると、手前の左心房に血液が滞って広がります。心不全や血栓のリスクを判断するうえで特に重要な項目です
- 心室内腔の広さと動き……ふくらむ・縮むという心臓の動きそのもの
- 血液の流れ、血栓の有無……左心房内に血の滞りやモヤモヤした影(もやもやエコー)がないか
これらを、体を傷つけることなく数字として記録できるのが心エコーの強みです。そしてこの数字こそが、次回の健診で比べるためのベースラインになります。「壁の厚さが何ミリだったか」が残っていれば、1年後の変化を読み取れるようになります。
💡 獣医さんにこう伝えてみてください。「心臓のエコー検査をお願いできますか?」——特に、雑音を指摘されたことがある子や、後述の“注意したい猫種”は、ぜひ。
なお心エコーは設備と技術が要る検査なので、対応していない病院もあります。かかりつけを選ぶ段階で確認しておくと、いざというときに慌てずに済みます。
→ 猫のかかりつけ医の探し方|失敗しない7つのチェックポイント
「雑音がない=大丈夫」ではありません
ここは誤解が多いところなので、両方向から書きます。
雑音があってもHCMとは限りません。CatScan研究では、心雑音のある猫が実際にHCMである確率(陽性的中率)は17.9〜42.6%(高齢の猫ほど高い)でした。同じ研究で猫の40.8%に雑音が聞かれ、そのうち70.4%は機能性(病的でないもの)と判断されています。
そして、雑音がなくてもHCMの猫はいます。国際コンセンサスの記述は明快です。
罹患している猫の多くに、聴診上の異常がない。
2020 ACVIM Consensus Statement(筆者訳)
聴診は双方向に当てになりません。だから、確定診断には心エコーが必要なのです。
レントゲン=「心不全の状態を見る検査」
一方レントゲンは、初期・軽症のHCMを見つけるのは苦手です。国際コンセンサスは、かなり踏み込んだ書き方をしています。
胸部レントゲンは、心筋症に伴う軽度から中等度の心臓の変化を捉える感度が低い。また一部の猫では、うっ血性心不全を起こすほど重症であっても、心陰影が正常に見えることがある。
2020 ACVIM Consensus Statement(筆者訳)
「レントゲンが正常=心臓は大丈夫」とは言い切れないということです。
ただし、不要なわけでは決してありません。むしろ大事な役割があります。
- 肺に水がたまっていないか(心不全が起きていないか)を確認できる
- 呼吸が苦しい原因が「心臓なのか、肺なのか」を見分けられる
我が家の後輩猫のケースは、まさにこれでした。レントゲンで肺に水がないことを確認し、心エコーで心臓そのものも問題ないことを確認する。2つを組み合わせたからこそ、心から安心できたのです。
整理すると
| 検査 | 得意なこと | 役割 |
|---|---|---|
| 心エコー(超音波) | HCMそのものを早く見つける | 早期発見の決め手・ゴールドスタンダード |
| レントゲン(X線) | 肺の水・心臓以外の胸の異常を見る | 心不全の有無の確認 |
さらに血液検査(NT-proBNPという心臓のマーカー)や心電図を加えると、診断はより正確になります。「どちらか一方」ではなく、組み合わせが大事なのです。
どのくらいの頻度で心臓を検査すべき?
目安としては、次のように考えられます。
| 時期・状況 | 検査の目安 |
|---|---|
| 若齢〜成猫 | 年1回の健康診断 |
| シニア猫 | 年1〜2回 |
| 注意したい猫種 | 定期的な心エコー検査を検討 |
| 心雑音を指摘された | 心エコーで確認 |
| すでにHCMと診断済み | 獣医師の指示に従う(無症状でも半年〜1年ごとが一般的) |
※この頻度の表は、確立された唯一の基準があるわけではありません。その子の年齢・猫種・これまでの所見によって変わるので、かかりつけの獣医師と相談して決めてください。
健康診断そのものの頻度、検査項目ごとに何が分かるか、費用の目安はこちらで整理しています。
→ 猫の健康診断はいつから?年齢別の頻度・検査内容・費用の目安
我が家では、誕生日のタイミングで年1回の健康診断を受け、そこに心エコーを組み込んでいます。日付を固定しておくと忘れにくく、前年と比較しやすくなります。
注意したい猫種と、日本の研究でわかった遺伝の“正確なところ”
HCMには遺伝が関わると考えられており、一般に次のような猫種でリスクが高いとされています。大型の長毛種を含め、注意しておきたいグループです。
- メインクーン
- ラグドール
- ペルシャ
- スフィンクス
- アメリカンショートヘア、ブリティッシュショートヘア、スコティッシュフォールド など
原因となる遺伝子変異がはっきり特定されているのは、いまのところメインクーン(MYBPC3遺伝子のA31P変異)とラグドール(同R820W変異)です。これらの猫種では、若いうちからの遺伝子検査や定期的な心臓検診がすすめられています。
日本のデータが、「猫種で決まる」という前提を崩しています
ここが今回いちばんお伝えしたい部分です。日本の猫303頭(HCMの猫57頭を含む)を対象にした2023年の研究が、猫種と遺伝子変異の関係について重要な結果を出しています。
- メインクーン特異的とされてきたMYBPC3のA31P変異が、マンチカンとスコティッシュフォールドで見つかりました(これまで報告のなかった猫種です)
- ALMS1のG3376R変異が、アメリカンショートヘア・エキゾチックショートヘア・ミヌエット・マンチカン・スコティッシュフォールドで見つかりました
- 著者らは、これらの変異が「他の猫種でも見つかる可能性があり、集団に基づいた詳細な検討が必要」と結論しています
そして、遺伝子検査についてもう1つ重要な事実
同じ研究で、HCMと診断された57頭のうち47頭(約82%)には、既知の変異がまったく見つかりませんでした。
つまり「遺伝子検査が陰性だったからHCMにはならない」とは言えないということです。まだ見つかっていない遺伝的要因があると考えられています。
遺伝子検査は「該当する変異を持っているか」を調べるものであって、HCMそのものを否定できる検査ではありません。心エコーの代わりにはならない、と理解してください。
我が家のノルウェージャンフォレストキャットやサイベリアンについては、「この変異がある」と論文で確定されているわけではありません。それでも我が家が毎年エコーを欠かさないのは、HCMが特定の猫種だけの病気ではなく、雑種を含めどんな猫にも起こり得るからです。CatScan研究の14.7%という数字も、一般集団を対象にしたものでした。
📝 ここからは推測です:ノルウェージャンフォレストキャットやサイベリアンで既知の変異が確認されたという報告は、私が調べた範囲ではありません。ただし、日本の研究で変異が「猫種の壁」を越えて見つかっていること、HCM罹患猫の8割以上が既知の変異を持たないこと、そして一般集団の有病率が14.7%であることを合わせると、猫種を理由に検査を省く根拠は乏しいと考えています。これは複数の出典から導いた筆者の判断であり、これらの猫種のHCMリスクを直接示した研究に基づくものではありません。
もし診断されても、あきらめないで
「診断されたらどうしよう」——不安ですよね。でも、HCM=すぐ命に関わる、ではありません。
まず知っておいてほしい数字があります。国際コンセンサスは、HCMの猫の大多数は無症状であり、無症状の猫の5年累積心臓死発生率は約23%で、これは診断時の年齢によらないと記載しています。裏を返せば、無症状で診断された猫の多くは、5年の間に心臓が原因で亡くなってはいないということです。
治療は病気のステージに応じて変わります。国際的な分類では、A(リスクはあるが心臓に異常なし)/B1(心臓の変化はあるが左心房の拡大は軽度以下)/B2(左心房が拡大し、心不全や血栓のリスクが高い)/C(心不全やATEを起こした)/D(治療に反応しにくい)に分けられます。
無症状の初期(B1)は経過観察が中心。B2から、家庭での呼吸数モニタリングや血栓予防が具体的に検討されます。
代表的な薬には、心不全の水を抜く利尿薬や、血栓を防ぐクロピドグレルなどがあります。特にクロピドグレルは、血栓(動脈血栓塞栓症)の再発予防でアスピリンより優れることが臨床試験(FAT CAT試験)で示されています。※薬の選択は必ず獣医師の判断で。
予後は本当に個体差が大きく、無症状のまま寿命をまっとうする猫もいます。国際コンセンサスも、心不全やATEを起こした猫の生存期間は、無症状の猫より大幅に短いとしています。だからこそ、何度でも言います。
早く見つけて、その子のステージに合った管理を始める。これが、愛猫と一日でも長く一緒にいるための、いちばんの近道です。
なお、心エコーは継続して受ける検査です。診断後は投薬や定期検査が続くこともあります。費用の備え方を考えるなら、こちらが判断軸になります。
→ 猫のペット保険の選び方|比較で見る6つの問いと注意点
まとめ|今日、覚えて帰ってほしいこと
愛猫の命を守る鍵は、症状が出る前に見つけること。そのために今からできるのは、次の3つです。
- 寝ているときの呼吸数を数える。(健康な猫の中央値は19回/分。30回超が続いたら要注意。スマホ動画で撮ると確実)
- 次の健診で「心臓のエコー検査」を相談する。(雑音の有無では判断できません)
- 健康なうちのデータを残しておく。(ベースラインは元気なうちにしか取れません)
そして万一のときのために——後ろ足の突然のマヒや激しい痛みは、様子を見ずにすぐ病院へ。血栓による一刻を争う緊急事態のサインです。
「無症状だから大丈夫」ではなく、「無症状のうちに見つける」。 このたった一つの意識のちがいが、愛猫の未来を変えるかもしれません。
よくある質問(FAQ)
Q1. 健康診断で「心雑音はありません」と言われました。心臓は大丈夫ですか?
雑音がなくてもHCMの猫はいます。国際コンセンサスも「罹患している猫の多くに聴診上の異常がない」と記載しています。逆に雑音があってもHCMとは限らず、CatScan研究では雑音のある猫の70.4%が機能性(病的でないもの)でした。聴診だけでHCMを除外することはできないため、確定的に確認したい場合は心エコー検査が必要です。
Q2. 何歳から心エコーを受けるべきですか?
年齢の下限は決まっていません。むしろ若く健康なうちに受けておくほうが、ベースラインとして価値があります。我が家の後輩猫は1歳前に受けました。
Q3. 雑種なので、遺伝の心配はいらないですよね?
そうとは言えません。CatScan研究は一般集団を対象にしており、それでもHCMの有病率は14.7%でした。さらに日本の2023年の研究では、これまで特定の猫種に限られるとされてきた変異が、報告のなかった猫種から見つかっています。HCMは純血種だけの病気ではありません。
Q4. 遺伝子検査が陰性でした。もう安心してよいですか?
安心はできません。日本の研究では、HCMと診断された57頭のうち47頭(約82%)に既知の変異が見つかりませんでした。遺伝子検査は「該当する変異を持っているか」を調べるもので、HCMそのものを否定できる検査ではありません。心エコーの代わりにはならないと考えてください。
Q5. 呼吸数が1回だけ35回でした。すぐ病院ですか?
完全に眠っていなかった、直前に動いていた、といった理由で高く出ることがあります。実際、根拠にした研究にも睡眠時呼吸数の平均が41回だったのに6か月以上無症状だった猫が記録されています。大事なのは「続いているか」です。数日測って30回超が続く、あるいはだんだん増えているなら受診してください。ただし呼吸が苦しそう、口を開けて呼吸している場合は、回数に関係なくすぐに受診を。
Q6. レントゲンだけ受けました。それでは足りませんか?
レントゲンは心不全(肺に水がたまっている状態)の確認には有用ですが、国際コンセンサスは「うっ血性心不全を起こすほど重症でも心陰影が正常に見えることがある」と記載しています。早期発見を目的とするなら心エコーが必要です。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。愛猫の気になる点は、必ずかかりつけの獣医師にご相談ください。また、本記事中の体験談は筆者の実体験に基づくものですが、あくまで個別の一例であり、すべての猫に当てはまるものではありません。
出典・参考文献
本文中の記述の根拠として実際に使用した文献を、用途を明記して先に挙げます。そのあとに、テーマの理解のために参照したが個別の記述には使用していない文献を分けて記載します。
本文の根拠として使用した文献
- Luis Fuentes V, Abbott J, Chetboul V, Côté E, Fox PR, Häggström J, Kittleson MD, Schober K, Stern JA. ACVIM consensus statement guidelines for the classification, diagnosis, and management of cardiomyopathies in cats. Journal of Veterinary Internal Medicine. 2020;34(3):1062-1077. doi:10.1111/jvim.15745 → この記事では、一般集団のHCM有病率が約15%であること/左室拡張末期壁厚5mm未満が正常・6mm以上が肥大であること/心エコーがゴールドスタンダードであること/胸部レントゲンが軽度〜中等度の変化に対して感度が低く、うっ血性心不全を起こすほど重症でも心陰影が正常に見えることがあること/罹患猫の多くに聴診上の異常がないこと/ATEに伴うマヒがよくある初発症状であること/少数の猫が前ぶれなく突然死すること/無症状HCMの5年累積心臓死発生率が約23%であること/心不全やATEを起こした猫の生存期間が無症状の猫より大幅に短いこと/ステージ分類とB2以降での呼吸数モニタリング推奨の根拠として使用
- Payne JR, Brodbelt DC, Luis Fuentes V. Cardiomyopathy prevalence in 780 apparently healthy cats in rehoming centres (the CatScan study). Journal of Veterinary Cardiology. 2015;17(Suppl 1):S244-S257. doi:10.1016/j.jvc.2015.03.008 → この記事では、HCM有病率14.7%(95%CI 12.3〜17.4%)/その他の心筋症が0.1%であること/有病率が年齢とともに上昇すること/心雑音の陽性的中率17.9〜42.6%/猫の40.8%に雑音が聞かれそのうち70.4%が機能性であったこと/診断基準が左室拡張末期壁厚6mm以上であること/1,007頭が登録され780頭が解析対象であったことの根拠として使用
- Ljungvall I, Rishniw M, Porciello F, Häggström J, Ohad D. Sleeping and resting respiratory rates in healthy adult cats and cats with subclinical heart disease. Journal of Feline Medicine and Surgery. 2014;16(4):281-290. doi:10.1177/1098612X13508940 → この記事では、心エコーで正常だった猫・見かけ上健康な猫の睡眠時呼吸数の中央値が19回/分、無症状の心臓病の猫が21回/分であること/安静時呼吸数が25〜27回/分であること/30回/分を超えることがまれ(7%)であること/30回/分を超える場合は追加評価が必要とされること/睡眠時呼吸数の平均が41回でも6か月以上無症状だった猫がいたことの根拠として使用
- Akiyama N, Suzuki R, Saito T, Yuchi Y, Ukawa H, Matsumoto Y. Presence of known feline ALMS1 and MYBPC3 variants in a diverse cohort of cats with hypertrophic cardiomyopathy in Japan. PLOS ONE. 2023;18(4):e0283433. doi:10.1371/journal.pone.0283433 → この記事では、日本の猫303頭(HCM罹患57頭・非罹患19頭・未検査227頭)を対象とした研究であること/MYBPC3 p.A31Pがマンチカンとスコティッシュフォールドで見つかったこと/ALMS1 p.G3376Rがアメリカンショートヘア・エキゾチックショートヘア・ミヌエット・マンチカン・スコティッシュフォールドで見つかったこと/HCM罹患57頭中47頭に既知の変異が見つからなかったこと/著者らが他の猫種でも見つかる可能性を指摘していることの根拠として使用
- Meurs KM, Sanchez X, David RM, et al. A cardiac myosin binding protein C mutation in the Maine Coon cat with familial hypertrophic cardiomyopathy. Human Molecular Genetics. 2005;14(23):3587-3593. doi:10.1093/hmg/ddi386 → この記事では、メインクーンのMYBPC3 A31P変異の根拠として使用
- Meurs KM, Norgard MM, Ederer MM, Hendrix KP, Kittleson MD. A substitution mutation in the myosin binding protein C gene in ragdoll hypertrophic cardiomyopathy. Genomics. 2007;90(2):261-264. doi:10.1016/j.ygeno.2007.04.007 → この記事では、ラグドールのMYBPC3 R820W変異の根拠として使用
- Hogan DF, Fox PR, Jacob K, et al. Secondary prevention of cardiogenic arterial thromboembolism in the cat: the double-blind, randomized, positive-controlled feline arterial thromboembolism; clopidogrel vs. aspirin trial (FAT CAT). Journal of Veterinary Cardiology. 2015;17(Suppl 1):S306-S317. doi:10.1016/j.jvc.2015.10.004 → この記事では、クロピドグレルが動脈血栓塞栓症の再発予防でアスピリンより優れることの根拠として使用
- Dijkstra E, Teske E, Szatmári V. Respiratory rate of clinically healthy cats measured in veterinary consultation rooms. The Veterinary Journal. 2018;234:96-101. doi:10.1016/j.tvjl.2018.02.014 → この記事では、診察室で測った呼吸数が中央値64回/分(28〜176回)である一方、自宅では安静時27回・睡眠時20回であったこと/自宅での動画撮影を推奨していることの根拠として使用。※本文(要旨を含む)を確認できておらず、書誌情報のみ確認済みです
- Park SW, Kim K, Lee YJ, Do YJ, Ro WB, Lee CM. Prevalence and characteristics of transient myocardial thickening in cats with hypertrophic cardiomyopathy phenotypes. Veterinary Quarterly. 2025;45(1). doi:10.1080/01652176.2025.2593357 → この記事では、一時的に心筋が厚く見え、その後もとに戻る猫がいることの根拠として使用。※書誌情報のみ確認済みです
参考文献(本文の個別の記述には使用していません)
テーマ全体の理解のために参照した文献です。本文中の具体的な数字や記述の根拠にはしていません。
- Kittleson MD, Côté E. The feline cardiomyopathies: 2. Hypertrophic cardiomyopathy. Journal of Feline Medicine and Surgery. 2021;23(11):1028-1051. doi:10.1177/1098612X211020162
- Häggström J, Luis Fuentes V, Wess G. Screening for hypertrophic cardiomyopathy in cats. Journal of Veterinary Cardiology. 2015;17(Suppl 1):S134-S149. doi:10.1016/j.jvc.2015.07.003
- Kim S, Lee D, Park S, Suh GH, Choi J. Radiographic findings of cardiopulmonary structures can predict hypertrophic cardiomyopathy and congestive heart failure in cats. American Journal of Veterinary Research. 2023;84(9). doi:10.2460/ajvr.23.01.0017
- Schober KE, Maerz I, Ludewig E, Stern JA. Diagnostic accuracy of electrocardiography and thoracic radiography in the assessment of left atrial size in cats. Journal of Veterinary Internal Medicine. 2007;21(4):709-718. doi:10.1892/0891-6640(2007)21[709:daoeat]2.0.co;2
- Gil-Ortuño C, Sebastián-Marcos P, Sabater-Molina M, et al. Genetics of feline hypertrophic cardiomyopathy. Clinical Genetics. 2020;98(3):203-214. doi:10.1111/cge.13743
- Trehiou-Sechi E, Tissier R, Gouni V, et al. Comparative echocardiographic and clinical features of hypertrophic cardiomyopathy in 5 breeds of cats: a retrospective analysis of 344 cases (2001-2011). Journal of Veterinary Internal Medicine. 2012;26(3):532-541. doi:10.1111/j.1939-1676.2012.00906.x
- Schober KE, Rush JE, Luis Fuentes V, et al. Effects of pimobendan in cats with hypertrophic cardiomyopathy and recent congestive heart failure. Journal of Veterinary Internal Medicine. 2021;35(2):789-800. doi:10.1111/jvim.16054
- Reina-Doreste Y, Stern JA, Keene BW, et al. Case-control study of the effects of pimobendan on survival time in cats with hypertrophic cardiomyopathy and congestive heart failure. Journal of the American Veterinary Medical Association. 2014;245(5):534-539. doi:10.2460/javma.245.5.534
【本記事のファクトチェックについて】
この記事の数字は、可能な限り原典の記述に当たって確認しています。「7匹に1匹(14.7%)」「睡眠時呼吸数の中央値19回」「30回を超えるのは7%」といった数字は、いずれも該当する論文の記載を直接確認したうえで掲載しました。上の出典リストでは、どの記述にどの文献を使ったかを1件ずつ明記しています。
確認しきれなかったものは、正直に書いておきます。Dijkstra ら(2018年)とPark ら(2025年)の2件は、書誌情報は確認できましたが本文・要旨を直接確認できていません。該当箇所は出典リストにその旨を記載しました。また「参考文献」に分けた8件は、本文の個別の記述の根拠としては使っていません。
まだはっきり分かっていないことについては、断定を避けています。診断後の予後は猫によって差が大きいため、確認できた数字(5年累積心臓死発生率 約23%)だけを示し、「生存期間は何年」という書き方はしていません。大型長毛種のリスクについても、確定した事実と筆者の判断を分けて書いています。検査頻度の目安も、確立された唯一の基準があるわけではないため、獣医師との相談を前提とした書き方にしています。
安心して読んでいただける記事を目指していますが、愛猫の具体的な状態については、必ずかかりつけの獣医師にご相談ください。


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